京都の異空間ロックバンド・ヘルミッショナルズがお送りする劇空間コラム。

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アフリカ縦断の旅(1) Egypt


東京から飛行機、車であわせて15時間。我らが永遠のアイドル「クレオパトラ」を求めて旅の出発点でもあるアレクサンドリアに無事到着。
 
今回の旅の目的は観光地巡りというよりもアフリカを体感、あるいはアフリカ人に一歩でも近づくことである。あのバネはこれからの人生において是非とも手にしておきたいアビリティの一つである。
夜空に浮かぶアルデバランを背にエリミネーター900でカーイトベイを目指す。チームは全員で9人。フェロスの大灯台跡の麓で一泊目のテントを張る。
 
「この辺りは体長3Mもあるゴキブリの化け物が出る。まず火を焚け!ナイフにマスカットを塗り込め!それを肌から離すな。けっして準備を怠るな!」
アジアサバイバル連盟会長で今回の旅のキャプテンでもある野生潤一が吠える。彼が準備を怠ったことは一度としてない。今日のディナーはカップヌードルシーフード味である。アフリカで食べてもやはりうまい。
ディナーの後、現地コーディネーターのオパペペが近くで拾ってきた木と石で軽快なリズムを刻む。そのリズムに合わせてチームの皆はステップや手拍子で応える。最高の旅のスタートを象徴するシーンだった。
深夜まで踊り狂ったあと、そろそろテントに潜り込もうかとしたその時である。野生潤一が暗闇で吠えた。
「出たーっ!出たぞーっ!ひえーっ!」
「えっ、何が。」

つづく
| 1号 | ぶらり旅 | 10:12 | comments(9) | - |
ぶしぶし探検記
今日は朝から冷汗と下痢が止まらなかったので医者に診てもらう。
「どうやらインフルエンザという江戸時代にはなかった病気にかかっておられる模様」と診断されたので、ついでに電車に乗って神戸へ向かった。

元町の薄汚れた闇市に知り合いの骨董屋があったので立ち寄る。
主人は相変わらず50%天然パーマの七三分け、かち割れた眼鏡というスタイルだったので変わらないなと一安心。
オススメの品があると眼鏡の奥の三白眼がまったくもって笑いに満ちていなかったので嫌々聞いてやると、朝5時になると泉重千代翁の喉仏が飛び出すからくり時計だというので、即購入。25万円だったが、いい買い物をしたので気持ちがいい。

三宮でいきつけでないのに誰でもいきつけだと勘違いしている主人の店で、オムライスと唐揚げ、豆腐を食べ、主人と合気道とじゃりん子チエの声優は芸人が多いという情報のコラボレートを楽しみ、タバコを吸った。

熱が一向に下がらないのをいいことに、一路京都へ。
行くところもないので寺町の着物屋へ。
帯留めを買おうと悩んでいたところ、塩田丸男を体現したような悪徳主人が近づいてきて、しょうもなさそうなかすりを勧めてきた。坂本竜馬が使っていたものではないということを45分ぐらい語り続けたので仕方なくそのかすりを38円で買った。使い道もないのでポストに入函したところ、思いのほか気持ちがよく、日頃の道路特定財源への不満の溜飲を下げたような気がした。

下痢を止めたくなったので帰ろうと思い、切符を買おうとしたが残金4円しかなく狼狽。
するとロマンスグレーの草刈正雄みたいなおっさんが近づいてきて「今日君は168万歩ぐらい歩いたから、おまえの取り分168万円な」と急に馴れ馴れしくなりながら168万円渡してきたので、思いのほか儲かる。インフルエンザも悪くない、と電車に飛び乗った。

駅に着くと、今度こそいきつけの飲み屋で一杯。
浴びるようにビールを飲みながらタバコに火をつけた。

吐き出したタバコの煙が
「ああ、もう嘘は書きたくないもんだ」
とボソリと言った。
| 2号 | ぶらり旅 | 17:13 | comments(0) | - |
誰も知らない箕面紀行


箕面にハイキングに行ってきました。
行く前は、
 奈良が鹿なら箕面は猿、とか
 猿顔ならタクシー料金が割引になる、とか
 某コンビニを経営しているのはサイヤ人である、とか
 箕面の人は去るもの追わず、とか
 
モンキーラマーが飛び交っていたのですが
百聞は一見にしかず、普通の田舎町で
申年生まれの私にすれば期待外れも甚だしいものでした。

どうやら箕面では猿は味方では無く敵のようです。
田舎なのに自然を大事にしない無法地帯であることが
我々「兵庫登山倶楽部」の手によって明るみとなりました。

我々がさらに箕面の一区画を徘徊していると
橋爪道場というのがありました。
その200M先に
橋爪医院があったのがこの旅のハイライトでした。

「だいこんや」で美味しい昼食を済ませ、神戸への帰り道
兵庫登山倶楽部会長のSヶ峰氏は思い出作りにと
立ち寄った箕面にある関西最大級リサイクルショップ「ドリーム」で
似合わないプラチナジュエリーを購入していました。
いいなぁと思いながら、僕は僕でサンドウェッジを手に取りましたが
購入は見送りました。次回来る時は温泉や滝に打たれたいと思います。

帰宅後悶々としていたので映画鑑賞。
「誰も知らない」を観ました。
ラスト10分涙が止まらず箕面で舐めた苦汁も甘い蜜へと変わりました。
| 1号 | ぶらり旅 | 22:45 | comments(1) | trackbacks(0) |
高取山で菩薩がニッコリ


夏は海だろ、いや山さ。
朝はやくから高取山にピクニック。
所詮通わぬ道だけど物の弾みで歩を進めると
到る所に夏の終わりが…もしやと思い汗を拭い去ると
煌々と照りつける、まるで夏の日かと見紛うばかりの
サンシャインが私達「兵庫登山倶楽部」を包み込みます。

菩薩様が微笑んでらっしゃいました。

そうです。これが世に謳う
「三途の山」なのです。

頂上につく前に手招きに乗じてはなりません。
二度とは下界へと帰還できなくなるのです。

我々は楽になりたい。でもここでいう本当の「楽」というのは
頂上からこの神戸の街を見下ろす、そこで爽やかな風を感じ
その風になることなのです。ここで諦めてしまったら、それは
単なる「楽チン」です。

苦しさにも脱水症状にもめげず、もうすぐ頂上だという所まで来た時に
さらなる強敵、悪の化身、恐怖の怪人に出くわします。

「つめた〜い」飲み物を売ってるおばちゃん2,3人です。
地上ならば150円で買えてしまうポカリやコーラが
高度520Mのこの地では350円。これ程までに見事な正比例にかぶっていた
日除け帽を脱いで一同礼をしました。もちろん全員コーラを買いました。

頂上まであと20M。ここで事件が起こります。
兵庫登山倶楽部会長Sヶ峰氏が急用のため緊急下山。
残された私は苦悩の末、一人での登頂を決断します。

辿り着いた頂上。そこは誰もが見たことのある懐かしい風景でした。
なんだか優しい気持ちが溢れ出して来ました。これが本当の涙か…

下山後

その日の夕方、外人に道を尋ねられましたが聞こえてないフリしました。
でっかい山に登ってもケツの穴は縮こまったまんまです。

また菩薩様が微笑んでらっしゃる。
| 1号 | ぶらり旅 | 21:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
大海を知る
ゆらり、ゆらゆら、ゆらりん。
いかなる因果であろうか。何故私はこんな波間でゆられているのか。つい半年前には「若い人はみずみずしくていいわね」てな具合に言われていた私の容姿は、今や老人のごとくであり、みずみずしさもどこへやら、ただ単にビショビショである。

ゆらりん、ゆらり、ゆらやらり。
大海に身をゆだね、東へ西への旅路だぜ、なんて言うとカッコよいけど、漂流、そう漂流中なので実にカッコ悪い。少し前までは多くの仲間達に囲まれてまったりと過ごしていたあの時間を返しておくれよ、神様、仏様、大仏様、閻魔様。怨むぜ、運命

ゆーら、ゆーら、ゆらゆら、ゆーら。
微生物どもが、私の体を分解しようと躍起になっている、わたしゃ死んじゃいないのよ、おほほ、おほほ、この通りまだ笑っているのだから。たぬきよ、たぬき、たぬきさん、もう一度あなたに会う日を楽しみにしております。おほほ、おほほ、

ゆらり、ゆらり、ゆらゆらりん。
ああっ、遂に岸が見えてきた。あれが彼岸でないことを祈りましょう。あっ!海岸で泳いでいる若者が。
おーい、おーい
若者の足にしがみつき、どうにか岸に生還できた。バンザーイ、バンザーイ。みんなどうしてるかなー?

ハッピーエンド

「お前の足に葉っぱついてるでー」
| 三号 | ぶらり旅 | 00:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
男祭りと春の山
「正月だからといって365日のうちの1日なんだから特別な意味なんかありゃしねーよ」
と一般庶民に紛れることを嫌い、わかったような口を利いていた自分に飽き飽きしていたため、今回は普通にいわゆる「ベタ」な正月を過ごし、一年のスタートを気持ちよくきってみることにした。
こういうことを考えるようになったのは、自分が大人になったのか、普通の人民に憧れるようになったのか、自分の本質が出てきたのか、それともこれも「裏の裏を返す」という天の邪鬼の顕れなのか。
自分でもよくわからない。

正月は忙しく、今年は大きな転機が訪れる予感がしている為、何かと出回ったり、家族と楽しく談笑していたりとそれなりに正月を満喫することができた。
そしておせちにも食べ飽きた頃、いつものように悪友から電話が鳴った。
「初詣の打ち合わせをしないか」
我々は毎年初詣に行く為に前日から入念な打ち合わせを行う。しかし決まった試しはなく、明け方まで人生を憂う会話が延々と繰り広げられる。今年も例に漏れず、その「会話」を行い、不眠で初詣に出かけた。今年のテーマは
「一年の計は正月にあり。一年の計は見ず知らずのギャルにあり。」
ということで、「目の保養」をして一年を乗り切るパワーをつけるというもの。ただ単に初詣で若い女性を眺めるだけというエキサイティングかつ知的な遊びだ。

我々は兵庫の両巨頭、神戸と姫路に照準を定めた。確実性にこだわる友人は神戸を猛烈プッシュするも、
「マイナーにこそ、輝く人生と姫がいる」
という私の鶴の一声で姫路に決定。
車を飛ばし、一路姫路を目指した。

しかし我々は選択を誤ったことにすぐ気付くことになる。
山頂にある寺へはロープウェーに乗らねばならず、そこは長蛇の列が出来ていた。その列にはギャルを引退して半世紀は過ぎたであろう、ご老婦が群れを成していた。我々は「山頂はきっとピンクに染まっているに違いない」と自らに言い聞かせ、男のみでロープウェーに乗り込んだ。

山頂に着いた瞬間、我々は目的を切り替えた。
「いやーすごい景色だねえー」
その一言に全てが凝縮されていた。「ギャル」というキーワードは「景色」にとって変わられたことは暗黙の了解であった。

毎年このような目標を立てるが達成されたことは一度もない。もちろん我々のグループに女性がいたことはない。
「大体予想はできてたけどな」
帰りのロープウェーの中で友人はぼそりとつぶやいた。
例年通りということはこの一年も我々に生活に新しい色が混色されることは期待できない。友人の顔は曇っていた。

その男のみでバイキングレストランを荒らし、輝く海を眺め、いきつけのガストで5時間不毛な会話を展開した。
ちなみにその会話は「客にあだ名付けゲーム」であり、大喜利のようなことをやり続けた。最優秀は店員A(女性)につけた「巨砲(おおづつ)」だった。

しかし私は今年一年が素晴しいと思える年になることを確信している。今年も例年と同じようにいい意味でくだらない正月過ごせたのだから。
| 2号 | ぶらり旅 | 23:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
釣りごろ釣られごろ
人間は自然界の法則の上に存在しており、弱肉強食の世界で日々生き抜いているのである。

ということでその法則に従うべく、海釣りに出かけた。
明石海峡を臨む大海の前では我々の存在はちっぽけ極まりないものに思えた。
朝から出かけ、同行者とああだこうだと議論し、数々の釣り場を巡るうちに時刻は正午を越えていた。
我々は「釣り人」の称号を手にするべく、数ヶ月前から企画し、この日の釣りに臨んだのだが・・・。結果から言うとさっぱりだったのだ。
良い漁場だと評判の釣り場に到着すると、なぜだか様子がおかしい。休日にもかかわらず、4人の釣り人しかいない。しかも先日の台風の影響で、フェンスは破壊され、立ち入り禁止となっていた。血気にはやる我々はそんなことは無視し、釣りデビューを敢行した。絶対に釣れる「サビキ」や「ボウズのがれ」というナイスネーミングの仕掛けを試みるも、釣果は小魚6匹。もちろん食うことは叶わず、放流。
風は荒れ、波しぶきが吹きかかる。水面の高さに死の予感を感じながらも果敢に挑むも、なんと同行者はボウズ(釣れなかったということ)。

落胆しながらも「釣り人」の称号を手に入れたとお互いなぐさめながら家路に着く。家では母と弟が、
「今日暴風警報出てたで。」
「高波かつ昼間で釣れるわけない。」
と衝撃の事実を告白。
つまり我々は絶対に連れる状況にない中、海に勝負を挑んでいたことになる。しかも死と隣合わせに。

次回は釣れること間違いなし、なんせ我々は苦難のデビューを乗り越えた「釣り人」なのだから。

人間は自然界の法則の上に存在しており、弱肉強食の世界で日々生き抜いているのである。自然の脅威、不可解さと闘いながら。
| 2号 | ぶらり旅 | 12:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
日本の中の異国
都会(という程でもないが)の喧騒を離れ、山奥の小さな村に行ってきた。一面に緑が広がり、清流と山と畑に囲まれた小さな村だった。
子供の頃はその世界が当たり前であり、その中で遊ぶことが私たちの仕事だった。時が経つにつれ、大人になり、お金がないとある程度は楽しめないという世界に住んでいる。
しかしそこには”あの頃”があった。というかそれしかなかったのだ。
感覚が蘇るまでに少し時間がかかったが、「そういえばこんな感じで遊んでいた」という感覚を取り戻した。
私はソフトボールをし、川に入ったりして時を過ごした。エラーこそなかったが三振するなど快音はあまり聞かれなかった。
しかし時は確実にゆっくりと流れていた。それで満足だった。
私の住む日本には「都会」と「田舎」の2カ国が存在する。
| 2号 | ぶらり旅 | 16:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
故郷は遠きにありて想うもの
またもや「地元に帰りたい症候群」が発症した。実家に帰るといつもこうである。友人も多く、家族ともまずまず仲良くやっている私は、すぐに「昔のよき思い出」にふけり、「あの頃はよかった」などとつぶやいて見せるのだ。
古都京都は生まれであり、住むには十分すぎるほど幸せな土地で、特に不満はない。しかしそれ以上に地元播州は「微妙な」田舎っぷり、海と山に囲まれたこれまた幸せな環境にあるのだ。「微妙な」感じ。これが私を惹き付ける要素であることは間違いない。
高校生のガキのころは抜け出したくて仕方がなかった狭い世界。京都という土地に憧れ続けたあの時間。
結局は私は一所に落ち着けない放浪者ということか。なんて考えてみたりする。
| 2号 | ぶらり旅 | 11:25 | comments(1) | trackbacks(0) |
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